フロントマンの資質

フロントマンって何者?

フロントマンという言葉に聞き覚えはございませんか。
ホテルのロビーで仕事をしている方を連想されるかもしれませんが、ここでは全く別の仕事であるマンション管理の業務に従事する者の呼称として、この言葉を用いることにします。
実のところ、マンション管理の現場では割と良く耳にする用語なのですが、この言葉からは一般にどんな業務を行うかまでは連想することはできません。
簡潔にいえば、委託を受けたマンションの管理全般をサポートする業務を行う管理会社の担当者というイメージで捉えていただいて構いません。
こうして、マンション管理業務の実施において、居住者ないし管理組合と管理会社をつなぐ窓口・パイプ役としての役割を担いつつ、業務を行う担当者をフロントマンと一般に呼ぶわけです。
フロントマンって何者?
フロントマンの職務内容は、担当マンションに関する事務一般、具体的には書面や資料の作成に関する業務、理事会や総会等の会議体を支援する業務、設備を維持・管理する業務、各官公署との折衝・調整を行う業務、管理員の指導・教育に関する業務、等々広範多岐にわたります。
そして、実はこのフロントマンの能力・資質こそ、担当マンションの管理の質を決定付ける、言い換えれば、当該マンションの管理のクオリティは、担当フロントマンの実力により左右される、といっても過言ではないほどのキーパーソンであると言われています。
なぜ、管理会社との窓口・パイプ役になる存在が、マンション管理の帰趨を左右する重要人物とまで位置づけられるのでしょうか。
この章では、このテーマを掘り下げて考えてみたいと思います。

管理員との比較

マンション内で行われる業務のうち、居住者の目に留まる機会が比較的多いものは管理員の業務です。
この管理員は、マンション標準管理委託契約書3条の「管理員業務」として別表第2に定められる業務実施の役割を担う者で、具体的には①受付業務、②点検業務、③立会業務、④報告連絡業務、の4つが中心です。
また、小規模マンション等では上記別表第3の清掃業務も合わせて行っているケースもあります。
このような管理員業務を日々行う管理員は、一般に「管理人さん」などと呼ばれ、住込みや常駐、日勤や隔日勤務等の勤務形態により窓口となって対応を行うことから、居住者との距離も必然的に近い存在となります。
他方、管理員自身もマンション居住者とのコミュニケーションを重視し、マンション居住者の内情を可能な限り把握しつつ職務遂行に努めようとすることから、その業務実施のクオリティがそのままマンションの管理状態に直結する関係にもある、ともいえるでしょう。
そうすると、管理の窓口対応を行う点、業務遂行の質が管理に影響するという点、で上述のフロントマンとほぼ同じ構造が管理員にも見られることから、両者の違いはどこにあるのかという疑問が生じるかもしれません。

結論から申し上げると、両者の根本的な違いは「責任の所在」にあります。
まず、管理員の身分が管理会社の正社員であるというケースは少なく、大半が契約・嘱託社員や派遣社員、あるいは臨時雇い等の形式を通じてマンションに派遣されており、その反面、現場経験や人生経験の豊富な実践的な人材が求められる傾向にあります。
この帰属という観点から、管理員の職務としてそのマンションの管理の全責任を負うということはありません。
これに対し、フロントマンは、同じく窓口の役割を有するといっても、一般に管理を委託された管理会社の正社員としての身分を有しており、そのマンションの管理について全責任を負う管理会社の構成員そのものであり、マンションに何らかの問題が生じたときは、フロントマンこそが現場対応に当たる最高責任者という位置付けになるわけです。

管理業務主任者資格

管理会社のフロント業務担当者が通常有している資格に、この管理業務主任者資格があります。
資格の名称自体からは地味な印象を受けるかもしれませんが国家資格の一つです。そして、実はこの資格は分譲マンションの管理業務遂行の上ではエキスパートともいえる資格です。
この資格取得には、マンション管理士同様に、法律分野、会計分野、設備・修繕分野等に関わる必要な範囲の知識習得が求められ、この素養をもとに経験を積み上げることで管理業務のプロフェッショナルたりうるのです。
具体的な業務内容としては、管理組合との管理受託契約を締結する際の①重要事項説明、②重要事項説明書への記名押印、③契約書への記名押印、管理組合に対する④定期管理事務報告、の4つの場面ではこの有資格者でなければ行うことのできない独占業務とされており、これに反する場合は管理適正化法違反になります。

では、フロント業務を行う担当者自身がこの資格保持者であることは必須といえるでしょうか。
形式的な結論から申し上げれば、必ずしも必須とまではいえないでしょう。なぜなら、有資格者でなくても管理の事務全般は処理可能ですし、資格が必要となる上記4つの場面ではその都度有資格者を管理会社から派遣することで事務の遂行が可能となるからです。
しかし、実質的にはフロントマン自身が有資格者であることは不可欠である、と私は考えております。
その理由は、前のタイトルで申し上げた責任の所在という点にあります。
すなわち、フロントマンはそのマンションの管理においては現場対応に当たる最高責任者なのですから、受託している管理業務の契約内容を網羅・把握し「何をすべきであり、何をすべきでないのか」を熟知していることが求められる、と思われるのです。
逆に、このフロント担当者が契約内容すら十分に把握せずに場当たり的な対応を行ったり、その都度会社に伺いを立てていたり、問題が起きた際にどこに問題点があるか的確に把握すら出来ていない等といった事態が判明すれば、たちまち居住者の期待を大きく損ない、今後の管理遂行に対する信頼すら揺らぎかねないでしょう。
要するに、4つの独占業務がこなせるのはもちろんのこと、フロントマンが最低限備えておかなければならない資質こそ、担当者自身がこの有資格者であることなのではないか、と私は考えています。

フロント業務能力アラカルト

フロントマンが、業務を的確に遂行する上で、どのような能力・素養が求められるといえるでしょうか。
ここでは、考えられるものを羅列してみることにいたします。
  • 法的素養

    マンションは、管理規約を中心として、多数のルールや法規が複雑に絡み合うことで成り立っています。
    ある程度の法的な素養がなければ、マンション関連で生じる諸問題を解決できるとは到底思えません。
  • 会計的素養

    マンション規模の大小はあるものの、定期に多数の区分所有者が支払う管理費・修繕積立金を取り扱い、管理運営上の経費等を処理し、またこれらの区分経理を実行する者である以上、会計的な素養も当然に求められます。
  • 修繕・建築に関する素養

    建物建築の専門家それ自体ではないにせよ、マンション全般の不具合、故障箇所や修繕箇所の点検・修繕の手配を行い、あるいはこれらの事務を統括する以上、たとえ表面的なものであっても建築に関する知識・素養は一定程度求められるでしょう。
  • 対応能力

    窓口対応を行う際に、極めて大切な能力です。
    特に初期における機敏な対応こそ最も大切であり、問題が生じたときに、いたずらに時間を空けてしまえば、一般に人々の不満や不安はより増大することになります。
    また、対応の仕方という面においても、相談者の立場に立った物腰の柔らかな対応ができることもまた求められる能力といえるでしょう。
  • 把握能力

    いざ問題点や紛争が生じたというとき、どこに原因がありどういう経緯で現在に至ったか、ということを的確に把握する能力は現場マンションを担当する者の能力として非常に重要となるでしょう。
  • 処理能力

    対応能力にも共通しますが、問題点にはできるだけ速やかにアプローチし処理することが求められます。
    これを淡々と卒なくこなせるようになることで、フロントマンとしての実績・評価もより上昇していくことでしょう。
  • 手配能力

    物資の調達や工事の実施等の手配が求められる場面では、所属会社の取引先等を中心に手持ちデータ・周辺情報を駆使しつつ、多くの選択肢の中からよりスピーディかつ合理的な方法を選ぶことが求められるでしょう。
  • 補助・サポート能力

    管理組合や居住者等に何らかのサポートが必要になる場面では、それに対応した有用な方法をチョイスし、効果的なサポートができる能力が備わっていれば、まさにフロントマンには適した人材といえるでしょう。
  • 折衝・調整能力

    問題発生場面では各方面への折衝・調整が求められることになります。
    管理会社、管理組合、居住者はもちろん、近隣住民、自治会、官公署等といった多方面で折衝・調整を行い、問題解決に向かう能力はフロントマンとしては最も大切な能力の一つであると考えられます。
  • 解決能力

    折衝・調整能力の延長として、最終的には問題を解決に導く力が求められます。
    また、この問題解決に至るプロセスでは決して独断・独善に陥らずに、管理会社・管理組合等の各方面への随時の状況報告や連絡、指示を仰ぐといった適宜の行動を欠かさないこともまた重要となります。
  • 決断力

    問題解決に導く過程では、いくつかの選択肢から効果的な方法を選び決断を下す役割が求められる場面もあるでしょう。
    こうした際に決断力を備えていることで周囲の信頼は高まり、選択した結果に対する不平・不満も生じにくくなるといえるでしょう。
  • 指導力

    管理員を指導する際のマネジメント能力、あるいは管理会社の部下や新人を育成する能力、受注業者・下請け業者への指示等を的確に遂行できる能力はフロントマンには必須です。
    こうした場面に必要な能力を一括りにするとすれば、あらゆる場面での指導力が求められているといえるでしょう。

フロントマンの質を見極める

前のタイトルでは、フロントマンに求められる能力・素養の例として、12種の能力を紹介してきました。
仮にあるフロントマンが、この全ての能力の点でトップクラスの実力を有する人材であればそれは理想的なことですが、実際にはそうはいきません。
人の能力は種々様々なように、全てを都合良く兼ね備えた人材などそうは見つかりません。
そうすると、決め手はバランスということが言えるでしょう。
つまり、これらの能力をバランス良く兼ね備えることで、総合力として、出来るフロントマンと呼べる存在になるのです。
例えば、基本的に熟慮タイプで決断は今ひとつ鈍いという人材がいたとしましょう。その者は決断力という点では劣るものの、その反面、あらゆる状況を的確に把握した上できめ細かな対応・検討・調整ができる人材であることが判明すれば、対応能力、把握能力、調整能力に秀でているといえ、結果的に総合力で有能なフロントマンであるといえるかと思います。
こうして、フロントマンの質を見極めるには、その者の能力の単発的な発揮場面を見るだけでは判断は難しいでしょう。
全ての能力のバランスを十分に見極めてはじめて、ようやく出来るフロントマンかどうかの人物像が浮かび上がってくるわけです。

結局、敵?それとも味方?

こうして、自ら所有するマンションを担当するフロントマンが有能な者であると分かったとしても、その者の立場は管理を委託された管理会社の従業員ですから、管理組合や区分所有者にとっては、一般に管理会社の都合で物事を取り計らい、ときには管理会社の都合すら押し付けてくる人物ではないとも限りません。
そうすると、この人物を結局どんな存在と捉えれば良いでしょうか。
極端な言い方をすれば、結局この者は当マンションにとって敵なのか、それとも味方なのか…という視点です。
結論から申し上げれば、フロントマンは間違いなくマンション管理の味方となる存在です。
もちろん、そうでなければならないという社会的な要請が前提にあるものの、それを抜きにしても、その存在はそのマンションのことなら何でも任せるに足りる人物であるはずです。

私がこれまで述べてきた考え方をもとに、今一度おさらいしてみましょう。
フロントマンとは、管理業務主任者の資格を有し、12の必要な能力をバランスよく備えた総合力を有するマンション管理のプロフェッショナルです。
そして、そのような者が担当者として存分に腕を振るうマンションだからこそ、個々の区分所有者はそのマンションが将来に渡り適正に維持・管理されることを期待し、毎月毎月決して安くはない管理費を払い続ける関係が成り立つのです。
この視点でみても、フロントマンはそのマンションの味方であるという命題は、決して理想論ではなく現実論として当然のように貫徹されているはずですし、逆にそうでない事態こそ異常といえるでしょう。
今後は、マンション管理でお困りの点や不都合な点などあれば、どんどんフロントマンを頼っていきましょう。
そしてその都度、要所要所で彼らの能力・素養を見極めていきましょう。
また、もし仮に、その者の能力・資質に疑問を感じ、「この者は味方とはいえない」と感じるような事態が頻繁に起こるのであれば、速やかに周囲を交えて話し合い開始し、管理組合を通じて管理会社に担当者変更を申し入れていきましょう。
こういった緊張感を生み出す距離を保つこともまた、良好なマンション管理を実現する上でのキーポイントになることは間違いないでしょう。